<感想文>致知2025.07月号 「一念の微」を読んで

講師コラム

「一念の微」を読んで

総リード文
(致知2025年7月号)

一念の微のリード文を大まかに読んだ時点で、私が興味を持った視点は3つです。
1つめは「家のシステムと受け継ぐこと」
2つめは、「教育と習慣化」
3つめは、「流れは悪い状態からでも意志によって変えられること」
それぞれ、前半、中盤、後半を要約して受け取った私なりの解釈です。
1つずつ考えをご紹介します。

1.家と受け継ぐこと
安岡正篤氏の家が繁栄するための心がけより、子孫の禍福は我が平生の所業にある事。
私はなるほどと思いました。
戦前の家制度の本質とは、1代で功を成すのではなく、
上手くいくための考えを、家庭という時間の中で代々継承していく
「好循環を生むための教育システム」と考えると、自分なりの納得が高いのです。
先祖から、子孫へ。上流からくる自分への流れと、
今の自分たちの振る舞いは、下流である子どもたちに影響を与える実感をもってそう思います。

2.教育と習慣化
先ほどの家の継承と関連し、好循環を生むための家という教育システムと考えると、
例えばおじいちゃん、おばあちゃんが小さな孫に世の中で生きていくための考えを教えたり、
父母が実践において子どもに見せるというのは、習慣化を生む教育ではないかと思います。
またこれを表す言葉として、文中の積善の家に余慶ありという紹介で述べられているように感じます。
人として良い行いができるように教えられた家で育った子は、自然と実践できるように教えられ、また次の代へ伝えていく。
これこそが積善の家の考えではないかとそう思います。

3.流れは悪い状態からでも意志によって変えられる
致知と出会って人生が変わった読者の事例を読み、流れは変えられると私はそう感じました。
刑務所という、おおよそ悪い状態の真っただ中を味わい尽くし、
そしてそんな自分と向き合い、受入れたからこそ、流れを断ち切り変えていこうとする姿が読み取れます。
この「流れを変えたいという意志の力」によって、どのような状況でも流れを変えることはできるのではないかとそう思います。

最後に。私自身は、親と先祖の流れを受けています。
父の代では、流れは良くなかったと思います。
その事は常々感じ、その流れを変えるきっかけを作ってくれたと思い、父・母に感謝しております。

そして、今度は下流(子どもたちへ)への流れために自分たちができる事をしなければいけないと思いました。
そして、この家においての流れを作り維持していくためには自分一人では、良くて半分であり妻の協力のおかげという事を強く感じます。

最後の最後で話しは変わります。
26歳の結婚の時の誓いとして、どのような状況においても私は夫婦で何でも話すという事を宣言しました。
そして、これは守れているはずと思っております。
これからもこの誓いのイメージを持ち、自分ができる良い流れを意識して生きたいと思います。

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