<感想文>致知2025.11月号 名将の哲学を読んで
名将の哲学を読んで
サッカー部監督 阿部由晴氏と男子バスケットボール部監督 井手口孝氏 対談
(致知2025年11月号 p46-p54)
お二人の対談を読んで、感じた事はとても実直。
特に取り入れたいと思った感想を紹介します。
・自分の糧となったのは、指導者の下を訪ね、直接指導を受けた事。
多くの指導者の猛者たちは、一度に度では本音をしゃべってくれない。
お酒の席で、徹底して付き合うと、心の扉が開くときがきます。
そこで語られる指導論を、一言一句漏らさずメモする。
私は、指導における『真骨頂』は表面的な出来事や考え、理屈で理解してできるレベルではまるで通用しないように思いました。
教えを受ける指導者には、こいつになら話してもわかる、そして体得できると感じさせるレベル感で本気の受取りを見せない限り、教える側も出てこないのだと思います。
また、教えを受ける側にも、熱意や真摯さがとても大事だと思います。
同じ釜の飯を食べるではないですが、相手の人となりが解って初めて伝わることがあるのだと思います。
私は、元来こだわりが強く、まず試してみて本当にそうなるのか納得がいかないと物事を進められないという頑固さがありました。
そして、そのこだわりゆえに必然的に我流となってしまい、とてもとても回り道を多くしてきました。
かたくなに我流を続けてしまった自分でも、師を持ち、指導を仰ぐことはとても有効な事だと思います。
中途半端に、言葉の上をなぞるのではなく、何を言わんとしているかを受けとり、自分は一旦わきに置き自分のものとしていく事がとても大事だと感じています。
誰から教わるかは大事ですし、教えを仰ぐ方も全身を持って受け止める。
文中では、『強い人間は我慢のできる人間』とありますが、環境が整わなくても、腐らず準備をしておける人間。
すぐに成果や、効果を求めず、確実に成長していける、人として良い方法を選び、貫くことができるという意味だと私はそう感じます。
