<感想文>致知2026.04月号 「感謝にまさる能力なし」を読んで
「感謝にまさる能力なし」を読んで
(致知2026年04月号)
感謝に勝る能力なし。
一流の人たちは感謝の念が強い。
自分に良いことばかりだけでなく、悪いことでも。
この事は、私は感覚的に正しいと思います。
ただし、普通の人がこの感覚になるには少し段差が高いように思い、
それはなぜかと考えを深めました。
文中の内容と踏まえご紹介します。
窮達は命なり。吉凶は人に由る。
出来事を良い・悪いとするのは、その人次第という事。
文中の若くして、父・母を失った京谷さんが非行に走り、
立ち直ったきっかけとなったのは父・母の生き方というルーツを知る事で、己の芯を得ました。
この話で私が感じた事は、感謝には、敬意や尊敬、認めるという状態が前提に含まれているとそう気づきました。
父母にありがとうと言う素直な気持ちをもつ事。
そしてそこには相手を敬い、認めるという感情がなければ出来ないと思います。
ここでの気づきは、感謝には受容(認める)が前提となる事です。
例えば、車をぶつけてしまうという出来事があったとします。
ここでは「出来事が起こったその時点」では、感謝するということは出来ないこと。
この時点では、良くない事だと思うのです。
しかし、振り返りの中で、出来事の意味を与えるという事はあると思います。
本人の中でそれまでは悪い出来事ととしていたが、振り返り、
自分なりの意味づけをし、成長のための気づきに至る事。
先ほどの車をぶつける事例では「これぐらいですんで良かった。注意しないといけない」という感じだと思います。
そうして初めて、「受容する」というプロセスが、出来事の後に、意味付けによって完結し成長につながると思うのです。
この捉え方で、京谷さんの話を改めて聞くと、
両親が生き方の道を示していたことに、本人が気づき、それを受容し、感謝に至ったと思います。
また、ボクシングの西田さんの感謝の例でも、試合で負ける時には監督などへの不満があり、
負けたことによって「自分の中に慢心があり、負ける原因に気づけたこと」という受容があると思いました。
この受容のプロセスががないままに、「ただ良くない出来事に感謝」と言っても
ちょっと気持ち悪い状態になってしまうわけで、受け入れるまでの時間差がある事、
そして本人が出来事に対して向き合うという真摯さがとても重要であると思います。
真摯さとは、自分の心に正直であり、良くないと思う自分に気づき、
変えていける力であるとそう思います。
本題名である「感謝に勝る能力なし」。
心構えと同じく、受容のプロセスも大事にしていきたいと思います。
