<感想文>致知2026.03月号 仕事と人生に活かすドラッカーの教え を読んで
仕事と人生に活かすドラッカーの教えを読んで
(致知2026年03月号)
自己啓発について
いい本を読んだ、いい言葉に触れた、感動した、は自己啓発なのか否か?という問いが自分にはあった。
改めて考えてみると、きっかけにはなるが、きっかけでありその後の工程がないと自分のものに出来ない(身に付かない)というのが私の考えである。
今号の佐藤先生の記事を読んで、先ほどの私の問いに対し、明確な答えがあったので改めて知覚した部分を感想・学びとして共有したい。
<文中より 自己啓発とは>
・新しいスキルや知識を身に着ける事は自己啓発の手段にしか過ぎない。方法の1つ。
・新しい認識は【経験・知覚・概念形成】の三者結合
・立志照偶の概念をはじめて知った人は、本や話などの経験の中で自分の知っているという語彙になる。
その人の語彙になった(概念ができた)人が、実際に実践されている人を見て「知覚」できるようになる。
そして、自身の実践によって身になる。との事例。
<感想・振り返り>
この自己啓発という言葉のとらえ方の例は、実践を通しながら、経験、知覚、概念形成を行っていく事で、
「言葉の意味を自分で与えて、そのように世界を見て、そのように行動するという」
人格形成(アイデンティティ)そのものであると確信した。
後半文中にある引用された藤尾氏の言葉にも強く惹かれた。
「人物とは言葉である。日頃どういう言葉を口にしているか。
どういう言葉で人生を捉え、世界を観ているか?
その言葉の量と質が人物を決定し、それにふさわしい運命を招来する」(藤尾氏)
私なりに再定義すれば、
「その人に染みついている(身になっている)言葉の認識と、その言葉で形づくる世界がその人の価値観を規定し、その価値観にふさわしい出来事を体験できる」と捉えている。
私は、子どもの頃から「考える」という行為についてはこだわりがあった。
心の中にある、気持ちや考えは、「なぜそうなのか?何が原因で、どうなるのか?」という知的好奇心。
そしてそれは、人も同じか違うのか、共通点はあるのか?などなど。
知りたい、納得したいという欲求が人一倍だった。
そして、そのような考える過程を通し、出た結論で、私自身がそう考えるのであれば、そうしたい。
その考えを歪めたくないという、率直であり、わがままでもあるかと思う。
また、その考えた結論には自分自身で責任を負おうとも思いった。
ふと原点を思い出し、そしてこれからもこれでいこうと自分の考えを改めて確認した。
